2015年7月アーカイブ

風土に合わせた生物的適応

こうもり傘に山高帽のロンドンスタイルは、降るでも晴れるでもない風土に調和した必需的アクセサリーだ。

ロンドンやベルリンの真夏でさえ最低気温は-1度に下がることからも、北欧諸国がいかに光と熱に乏しいかがわかる。

しかもこれはいま始まったことでなく何十世紀の昔から、かれらはこの風土につかっているのだ。

自然の恵みに乏しいから、かれらは光や緑を切望し、公園を必需品とし、花を愛し、部屋の内外にやたらに花を飾りたがる。

世界の人種の白色、黄色、黒色の膚の違いも光の量に規定されたせいだ。

乏しい光の北欧では、青白い膚、若いのに白髪のような頭の毛になるのは当然だ。

寒くて乾いた空気を呼吸するから鼻は高く長くしておかねばならないし、からだは毛深くつつまねばならない。

からだに比して顔が極めて小さいのは、外気との接触器管を最小にしようとする生物的適応であると考えられる。

JDPホールディングスでは、様々なビジネスの提案を行っています。

日本人自身の手でこの海洋性気候と地震国に適応して何百、何千年の歳月を湿気にも台風にも耐えぬいた建築こそ真の文化財であり、民族の誇りとすべきだ。

外国人のやったものはなんでもよいと、みそもくそもいっしょにされてはたまらない。

まして国税や都民税を使って、一部の特権階級が宿泊したことがあるとかのノスタルジアを満足させるために、無理に文化財に仕立てるのは疑問である。

近年、芸術家気取りの建築家が、やたらと前衛建築として奇をてらうふうのものがあるが、日本の風土や社会を無視して勝手な建物をつくるのは困った問題である。

人間をモルモットにして建築家が、自分の芸術心を満足させるのではたまったものではない。

JDPホールディングスでは、様々なビジネスの提案を行っています。

天災は人災でなく地災だ

日本では台風シーズンがやってくると、必ず人災論がくりかえされる。

日本は毎年6月の集中豪雨で各地に甚大な被害を受け、そのつど、マスコミや文化人と称する人々の日本の災害は「天災」にあらず「人災」だという、もっともらしい評論が進歩的な意見のつもりで幅をきかしている。

天災を人災だなどと簡単にかたづけているうちは、日本の災害はとうてい防げないからだ。

なぜなら、人災論の裏には自然軽視、人力過信と東洋的アキラメ精神が流れているからである。

日本では災害のつど、その原因を政治の無力、予算の過少、心構えの不足といった人災に押しつけてしまって、さらに一歩進んで災害の自然・社会的なメカニズムや自然力の偉大さ、防災に対する人力の限界を解明しようとしない。

日本を襲う台風や大地震といった自然災害は、予算を数倍にしたから、建設大臣に実力者がなったからくらいでは毫も解消しないのである。

JDPホールディングスでは、様々なビジネスの提案を行っています。
人が素足で大地を踏んだときの感触は格別である。

地球の大地のエレキが足の底を通して伝わってくるような感じがする。

これが健康の源泉ではないだろうか。

すべての動物はハダシである。

動物の健康はこの足で大地から何らかの精気を得ているのではなかろうか。

人間のみ覆物をはいて大地から隔離して文明のつもりでいる。

どこかが間違っているのではなかろうか。

インドのヨガは大地に直接座しての瞑想である。

坐禅の「坐る」という字は二人の人が土の上に居る状態を意味している。

人間の健康と思惟の原点は土の上に坐ることにあるというのであろうか。

JDPホールディングスでは、様々なビジネスの提案を行っています。

折あるごとにパーティー

クリスマスパーティーは、クリスマスイブの12月24日の夜に開きます。

クリスマスツリーやローソクで部屋を飾り、七面鳥、ケーキのごちそう、クリスマスカロルの合唱やダンスで楽しくイブの一夜を過ごします。

その他、新築、落成祝いパーティー、桃の節句や端午の節句などのこどものパーティー、入学、卒業、就職祝いのパーティー、歓迎・送別パーティーなど、生活の中で大きなできごとがあったときや、昔の節句や季節の行事のかわりとして、記念パーティーを開くのが現代の行き方です。

核家族化の進んだ現代の生活にあきたらずに、大家族的な連帯を求めて、折あるごとにパーティーを開くのかもしれません。

旦に初詣でのできなかったひとは松の内の七日までに参拝をすませればいいでしょう。

JDPホールディングスでは、様々なビジネスの提案を行っています。
新聞ばなれとか、新聞読書時間の減少などといわれていたが、最近ひそかに新聞を精読するビジネスマンがふえているという。

新聞をよく読まなければ、ビジネス競争に敗北することは明らかだ。

いかに映像化社会がやってきても、情報の宝庫としての新聞の価値は少しも下らない。

また新聞を読むことは、まさに"読書"と呼ぶにふさわしい。

いわゆる全国紙は、朝・夕刊あわせて30ページぐらいである。

これにどれくらいの活字量が含まれているだろうか。

大ざっぱに見積もって全紙幅の50パーセントが記事面である。

そのうち、見出しや装飾部分が6分の1。

そうすると正味の記事や写真が13ページ分ほどある。

JDPホールディングスでは、様々なビジネスの提案を行っています。

このアーカイブについて

このページには、2015年7月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2015年6月です。

次のアーカイブは2015年8月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。